社会問題

火垂るの墓のような子供ってたくさんいたのでは

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ちょっと不穏な記事ですが、子供を持つ親として書かずなはいられなかったので投稿します。

「火垂るの墓」のような親を戦争で失くした子供たちって、たくさんいただろうと思います。
ほかの子供たちはどうしていたんだろう、と気になって夜な夜な調べました。

戦争で親を失くした子供たち、いわゆる「戦争孤児」は
戦争が終わった後、たくさんの差別を受けていたのだそうです。

戦争で両親を失っただけでもひどい話なのに、
政府から負の遺産として歴史から隠蔽され、
世間はからは人間として扱われず、野良犬として差別されたのだそうです。

さらに、アメリカの軍が孤児のために一時的な収容所を作り、
逃げられないように裸にして水をかけ、檻に入れてゴミ扱いしたと。

自分の子供たちだったらと考えると恐ろしい。
もしも日本が戦争をしたら、またそうなるのではないか。

code404 / Pixabay

空襲により戦争孤児がうまれた

原爆は世界中に知られているけど、空襲は知られていません。

日本で空襲といえば、よく知られている東京大空襲があります。
ですが、空襲はその日だけでなく、何度も東京や日本のあちこちで起こり、たくさんの人たちが亡くなりました。

学童疎開している間に、両親が空襲で焼け死に、
12万3500人の子供が戦争孤児になってしまったそうです。
学童疎開は大都市に住む小学3年生から6年生までの子供たちが対象であったため、
戦争孤児は、10歳前後の子供が多かったらしいです。

それよりも小さい子供たちは、節子のように死んでしまったのかもしれません。
赤ちゃんは、親と一緒に空襲で亡くなっているようです。

刈り込み

町中をうろつく戦争孤児が邪魔だと、アメリカ軍に一掃される「刈り込み」のがあったそうです。

トラックなどで連れていかれ、逃げられないように、裸にして水をかけ、檻に入れられたというのです。

どんなに寒い冬でもです。
ゴミ扱いであったと言います。

戦争孤児は、浮浪児と呼ばれた

それでも必死に生き残った孤児になった子供達を世間は、
「親なし子」などと言って、差別します。

学校に行くにも地域の大人から反対にあい、子供たちからもいじめにあい、
それは社会に出ても続く。
結婚も反対される。

かわいそうなことなのに、なぜ差別されたのでしょう?
食べる物がないので、人から盗むしかなかったからかもしれない。
盗めば大人が死ぬほど殴ったそうです。
餓死して死ぬ子もいたほどだから、殴られて殺されても罰せられなかったのかもしれない。

親戚に奴隷にされた子、人買いに売られた子もいる。

腐った食べ物を食べて死んだ子、寒さで死んだ子、飢えで死んだ子、自ら死を選ぶ子もいたそうです。

国が勝手に始めた戦争です。
その被害が、戦後も長らく続いたというのが腹立だしい
おそらく、復興に向けて、日本が高度成長期と言って活気づいていた最中にも、
差別を受けていたことでしょう。

日本の政府は、孤児を集めた施設を作ると言っていたそうですが、そんな施設はどこにも存在しなかった。
それどころか、戦争孤児のことをなかったことにしようとしていると言います。

だからなのか、毎年8月、原爆の被害者や大和やら飢餓の話はよく聞くけれど、
戦争孤児の話は聞かない。

子供たちを見捨てた日本がとても恐ろしいです。
今でも子供たちを大切にしているとは言えない社会。

絶対に繰り返さないように、子供たちに語り継がなければいけないと思います。

 

参考

戦争孤児(日本)

もしも魔法が使えたら 戦争孤児11人の記憶

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